初めてのパリ②

視察旅行の合間1日だけ自由日が サントノレ街を歩いて目的のお店へ あらかたの大手ブランドがショーウインドーに新作を飾っている なるほどこれならファッションショー入場券なくともぜんぶ写真にとってかえればパリモードの最新報告はできるわい と

ボスが見るのはは生地の柄、色使い,織方だ さすがのベルサーチ5cmのブロックチェック5枚繻子の裏表オリーブとブラウンのワンピースなかなかいいね と 帰国数ヶ月後、取引先商社この図案を持ってきて見本反制作依頼に 黙って試験織納めたけどこんな大胆な柄どこのアパレルが買うのかいと内心で   

しばらくいってカンボン通りへ目指すのはシャネル本店だたまたまモデルのオーデションの日で 沢山のモデルたちより格段に女性社員のほうがモデルかいと思うほどの美人揃い アポどおりキムさんが待っていてカプチーノ飲むか?と 彼女はラガーフェルドの助手で世界中から新しい生地を集めて彼にに見せるのが仕事 月1回やってきてサンプルを使う、使わない瞬時に仕分け これが第一関門まず2mサンプルは無償、つぎにコレクション用に25mサンプル注文ここから有償 コレクション終了後 注文着数に応じたm数が発注となる  あざみやでロングセラーのオリジナルオーガンジー texnoveu no.18完成直後 キムさんがピックアップしたことからシャネルとの直取引にまで

話の流れで キムさん ところでSさんどうしている?  亡くなりました 自殺でした  キムさん絶句  

人との出会い 邂逅から予測不能の出来事へ続く話 きっかけは

 毎年尾州産地 一宮市で開催の全日本テキスタイルコンベンション 何故だか知らぬが応募のおさそいが そんなのあることもしらず我が社も全国区になったかと たまたまいいアイデアが浮かび出来た生地を応募した なんとその年は審査員長があのパコ ラバンヌだ そのたまたまがなんと準グランプリ 賞金30万に 全従業員で温泉で祝賀会 その年の暮れ 東京お台場ジャパンクリエーション国内最大の生地展でグランプリ100万を獲得したのが件のS氏だ

彼の呼びかけで各産地1社で織物の匠の会を作ろうとなった尾州 桐生、北陸その他で7~8名 そこで初めてSを知った 彼の入選作を見たキムさんがサンプル依頼をいれた 生地輸出未経験のS氏の頼みで私の懇意にする横浜の個人貿易商社を紹介した この若社長Mに輸出書類になんで俺の名がないのかなど無知,わがままをさらして暴れ、キムさんにもコレクション ショーの舞台袖から覗かして欲しいだの非常識の限りを言った 挙句パリまで押しかけて、すべての要求を断られたS はそれならサンプル代払え キムさん だったらもって帰れと こういう顛末であとあとまでキムさんには悪夢の思いでだった その顛末から貿易商者若社長Mはキムさんのお気に入りとなり日本のソウルエージェントとなり、以後彼女が来日のたびアテンダーとして全国へ同伴することに

そのSは●●●●   彼はグランプリを取り 織物匠の会の主宰となりシャネルとも直接話せる まさに前途が一気に開けたこれからずっとこの調子でと尾州の零細企業が世界へと夢と妄想が暴走した 夢破れた彼は帰りの飛行機で飲み続けて帰ったそうな ほどなくして失意の彼は自分の工場内で自死 突っ走ってクラッシュするまでエネルギー全開の男の物語

キムさんと別れシャネルを辞したのは夕刻まじか しまったナイトツアー予約しとくんだった このあと一人やで 仲間はいない ひとりでレストランでオーダーできるほど会話力はなし とくとく歩いてたら日本レストランが ウナギ 野田岩とある これなら問題ないな 入ってみたら着物を着た外人の接客 客は私と日本人4人連れだけ パリのファッションウイークに出張できたどっかの会社男が一人3人の女に 話が、いやでも耳に入るマウントを取るのが

カツコイイと思ってか他人の批評と悪態ばかり 低レベルの語彙の少なさ繰り返しばかり 起承転結のまるでないグダグダ話 えっらそうに おのれはなにを言いたいのだ パリまで来て 女どもは相槌もうたずに黙って食べてる そのウナギそんなに旨いか? こんな手合いを社員に抱える会社って やがて出てきたウナギ 日本の名店らしいが、がっかりフランスのウナギ固くて大味なら 日本人ならもっと調理工夫せんかい

キム女史いわく シャネルが期待するのはジャポニズムとハイテク織物 年一度来日する彼女の常宿ホテルオークラでサンプル プレゼンしたのもいい思い出だ  きょうは日本人にがっかりのパリの夕暮れ、雨まで降ってずぶ濡れでホテルに帰り着いた シャネル本店へ行くことはもう二度とないなきっと